あるサイコロの物語

あるサイコロの物語

人間の価値観は、ちいさな「きづき」によって一変することがある。

表紙

ストーリー原案:Terasawa Asumi

「財(ザイ)
財

どんなに耕しても作物が実らない枯れた大地があった。
人々はついに土地を捨てようと決めた。
偶然、誰かがサイコロを蹴った。
通りかかった旅の商人が驚いて叫んだ。
「この土地は砂金で出来ている!!」

ほとんどの人が、自分自身の視野の限界を世界の限界だと思い込んでいる。
(アルトゥル・ショーペンハウアー)

「再(サイ)
再

全てに絶望した若い女が、乳呑み児もろとも身を投げようとしていた。
偶然、誰かがサイコロを蹴った。
通りかかった神父が言った。「では、その腕の中のものも絶望なのですね」
女は乳呑み児を見つめ、街へと引き返していった。

人間の幸福は、決して神や仏が握っているものではない。
自分自身の中にそれを左右するカギがある。
(ラルフ・ワルド・エマーソン)

「歳(サイ)
歳

ある優秀な、年老いた鍛冶屋がいた。
彼には知識も技術も信頼も財産も愛する家族もいたが、
老い先短いのを知って、ただただ若さを渇望していた。
偶然、誰かのポケットからサイコロが転がり落ちた。
鍛冶屋の肉体が若返り、時間と引き換えに得たものが全て消えた。
鍛冶屋は最初笑い、空っぽの部屋で途方にくれた。

時間を充実させることが幸福である。
(ラルフ・ワルド・エマーソン)

「在(ザイ)
在

ある国の王様が、国をさらに繁栄させるために象徴となる宝物を得たいと考えた。
ある将軍は、西の国に戦争を仕掛けて豊富な湧水地帯を奪おうと提案した。
ある大臣は、東の国に倣って繁栄の証である巨大な王の墓の建設を提案した。
偶然、宝石箱からサイコロが転がり落ちた。
一人の老人が、王に街の灯りを指し示した。
「王にはすでに、民という宝物が在るではありませんか」

自分の持っているものを、十分に自分にふさわしい富と考えない人は、
世界の主となったとしても不幸だ。
(エピクロス)

「最(サイ)
最

美しい時計屋の娘がいた。
娘は求婚者たちに向かって「最も素晴らしい時計を送ってくれた方を夫とする」と約束した。
様々な時計が集まってきたが、有力なのは村一番の金持ちが手に入れた
絢爛豪華な細工時計と村一番の力持ちが手に入れた巨大な仕掛け時計だった。
偶然、誰かがサイコロを蹴った。
時計屋の見習いの青年が、豆粒ほどの小さな時計を指輪の立爪にはめて差し出した。
「この時計が止まらないよう、あなたの傍で見守りたいのですが」
娘は笑って承諾した。

誰かを愛することは、その人に幸福になってもらいたいと願うことである。
(トマス・アクィナス)